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2006年4月24日 (月)

本当の格差社会とは

昨日は、昭島市にあるモリタウンに行ってきた。

ジョッピングモールなのですが、隣接地にシネマコンプレックスとよしもとゲームミュージアムという施設が出来ていた。

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モリタウン自体は昔からあるのだが、リニューアルされて近代的なショッピングモールのなった。

徒歩圏内にインドアテニス、ゴルフ場があり土地もあるので他の施設も建設中である。

子供と一緒に行けば一日遊べるし、映画館もあり、吉本興業の芸人が芸をする施設もある。

昔は三多摩の中心は八王子であったが、立川、町田に追い越され、昭島にも・・・。

八王子の中心部でオギャーと生まれ、そこで育って生活している私にしてみれば、寂しい限りです。

昨日、衆議院千葉7区の補選で民主党候補が勝利した。

民主党候補は、「各社社会の是正」や「全員が負け組にならないような政治」を目指すというが、日本はそんなに格差社会なのであろうか・・・。

このように考えていたら今日の日経新聞の核心で日経新聞コラムニスト土谷英夫氏が

「市場原理主義」って何? 改革批判の決めぜりふ

という記事が掲載されていた。

内容はというと、米国流の市場主義を十把一絡げに「米国流の市場原理主義」と切り捨てるのはおかしいという記事であった。

記事では、小泉総理の経済運営により景気が良くなっているが、世評は良くない。

理由としては、竹中平蔵総務大臣を切り込み隊長役に金融機関の不良債権処理、道路公団や郵政事業の民営化、規制改革など進めてきた構造改革路線に「市場原理主義」という批判が根強く、拝金主義や経済格差を助長したとも。
大ベストセラーになった「国家の品格」の中で著者の藤原正彦お茶の水大学教授は、「経済改革の柱となった市場原理をはじめ、留まるところを知らないアメリカ化」が損なった日本の品格を「武士道」精神の再興で取り戻せと訴える。ホリエモン事件を機に一段とボルテージが上がる小泉改革の決めぜりふが「市場原理主義」であり、これはいったい何なのかと問題提起をしている。

市場原理主義とは、「何でも市場に任せれば上手くいく」という発想とし、アダムスミスがまだ生を受ける前の1730年大阪の堂島に、世界に先駆けて幕府公認の「帳合米取引」という商品取引所が出来た、市場取引に歴史のある我が国において、中川農林水産大臣が、戦時統制下まで200年以上も続いていた米先物の上場申請を許可しないとした。市場原理主義を阻む閣僚を罷免しないのは変だ。

国土交通省の入札も、会計法で原則一般競争入札なのであるが、今迄指名競争入札であったが、やっと政府も重い腰を上げてこの談合の温床である指名競争入札をやめ、一般競争入札に一本化するという。これも「市場原理主義」なのかと記事にはある。

福沢諭吉が、「競争」という熟語の生みの親で経済書の「コンペティション」を思案の末そう訳したとき、幕府高官は「争」という字は穏やかではないと言ったらしい。福沢諭吉は「何も珍しいことはない、日本の商人もしている通り、隣でものを安く売ると言えばこっちの店ではソレよりも安くしよう・・・お互い競い争うて、ソレでもってちゃんと物価も決まれば金利も決まる」と説明したところ、その高官は「西洋の流儀はキツイものだね」と言ったそうで、この記事は、この言葉と、今の小泉改革批判の決めぜりふの「市場原理主義」をかけている。

私も、この記事に同感である。

ある意味、今迄の日本の方が格差社会であり、非常に中途半端であった。

学歴、年功、門地でその人の生涯が大方決まってしまう。

私は有名大学出身ではないが、大学名で苦労したことはない。

クライアントの一部上場会社の社長は、建設業の現場監督出身であり、今でもたまに現場に行くと片づけをしてしまうらしい・・・。

株式公開を目指している社長も学閥が通用する学歴はない。

友人の不動産会社社長は高卒で、親友の建築会社社長は高校中退である(というか、在籍数週間・・・)。

株式公開のハードルも低くなり、これらの方々も必至に頑張っているわけである。

機会が均等になりつつあり、同じ環境で育った人間が、成功したり、成功しなかったりという社会になっただけである。

同じ生活水準であった人間が、成功して経済的環境もモチベーションも変わってしまう。

しかし、機会平等という観点からは非常に素晴らしいのではないか。

学閥、年功、門地等に関係なく頑張ればステップアップできる社会になりつつあるわけである。

今迄の価値観の転換であるから、戸惑うことはやむを得ない。

一流大学に入学し、一流企業に入ったからといって安定的な人生が送れるという価値観が崩れたわけであるから。

しかし、一流大学出身ではない人にも様々なチャンスが多数生まれてきて、それをどの様に活かすかが大切なことである。

であるから、私は「格差社会の是正」というのは、昔の「頑張って勉強して、一流大学に入って、一流企業に勤めなさい」という価値観に戻るのだというように聞こえてしまう。

 

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