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2006年6月25日 (日)

外科医の手術は手段という考え

今日はひな鳥山へランチを食べに行きました。

ひな鳥山HP↓
http://www.hinatoriyama.co.jp/

串焼きの店ですが、料理を船で運んでくるのです。

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個室から料理を取る窓↓
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料理を運ぶ水路↓
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こんな感じで料理が運ばれてきます↓
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これを取りだして炭火で焼くわけです↑

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鶏肉が美味しかったです。

リーズナブルで、個室で船で運んでくる嗜好も面白く結構気に入ってます。

今日の日経新聞に、先週ご紹介した川崎幸病院大動脈センター長山本晋医師の記事が掲載されていた。

先週の記事↓
http://norifumi.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_daab.html

氏が医師になった頃は、「難易度の高い手術を目標とし、寝ても覚めても手術が上手くなりたいとそれだけを考えていた」とのこと。

しかし、手術が上手くなったら次はどうするのかという疑問にあたり、「手術が外科医の目標や目的になってはならない」「患者あるいは社会に貢献する一手段である」「独りよがりの手術になっていないか、自分の行っている手術が本当に患者に幸福をもたらし社会にに貢献する結果となっているか。時々立ち止まって自らに問いかけたい」とあった。

確かに、医師だけではなく専門的技術や知識を活用して仕事をしているとこの様なことを考えていかなければ本当の一流プレイヤーにはなれないであろう。

自分もこの記事を読んで、一流のプレイヤーに早くなりたいと思ってしまう。

しかし、山本医師の話は、手術の技術を上げる為の壁をいくつも乗り越えてきた末の答えである。

手術が下手な医師の言葉であれば、ただの言い訳である。

このブログは、若い方や独立や転職を考えている方の読者が多い。

私自身のキャリアと併せて考えると、若いうちは手術が上手くなりたい、難易度の高い手術がしたいと思うことこそ、次のステップに行く絶対条件であり、難易度の高い仕事や自らのスキルを上げる仕事をがむしゃらにやるべきと思う。

がむしゃらに仕事をして、技術や知識を自分に集積した結果、それだけではクライアントの問題解決につながらないと悩むことになるのでは。

この記事を頭に置きつつ、がむしゃらに仕事をしていこうと思う。

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コメント

あらまあ、楽しそう!お料理は五感(見た目、香り、音、食感、味つけ、でしたっけ?)で味わうといいますが、ここまでだと、やられたあって感じですね。テレビなどで紹介されたお店でしょうか?拝見したようなお店ですね。子どもよりも、大人がはしゃいでしまいそうです。
やべっ、夜中なのにおなか空いてきました。
そのひと口が脂肪の元。がまんがまん。できるかなあ…ひと口でやめらんないのよねえ。考えないで寝よっ!

投稿: みさちゃん | 2006年6月26日 (月) 00時02分

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