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2006年7月 8日 (土)

裁判員制度について検事総長と経団連会長が会談

私の事務所の上にエスエストラストの山下君が、看板をつけに来ました。

家賃の集金と督促や管理をエスエストラストにお願いしました。

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大家業を専業でやっていればともかく、そうではない以上アウトソーシングすべきと思い今回の管理契約に至ったわけです。
エスエストラストの杉本社長が高校の後輩という義理だけでお任せするのではなく、常日頃の仕事に対する姿勢で、大事な資産をお任せすることとしました。
エスエストラストホームページ http://www.ss-trust.co.jp/

やはり経営者は本業に専念をして、なおかつ付加価値を高める業務に特化できるよう社内の整備を進めていかなくてはならないと思います。

社長業とは決断業であると改めて感じる次第です。

昨日の日経新聞夕刊に検事総長と日本経団連会長が会談し、裁判員制度について協力を求め御手洗会長は「裁判員制度について会社がバックアップするのは当然」という記事が出ていた。

裁判員制度とは、判決が世論とかけ離れているからといって導入されたもの。

しかし、刑事裁判というのは世論に惑わされることなく、条文の文理解釈を厳格に行い、警察及び検察の捜査について審理していくというものであり、裁判員が参与することは私は反対である。

例えば、有罪であろうと思った被告人が無罪になった場合、これは本当に無罪なのか、警察・検察の初期捜査や詰めが甘かったのかもしれない。

無罪の判決や有罪の場合の刑量の合理性について、責められるべきは検察及び警察であり、裁判官ではないと考える。

少なくとも刑法や刑事訴訟法の専門家はその様に考えているのではないか。

幼女殺害で、遺族は死刑を望んでいたが、無期懲役の判決が出たばかりである。

「子供は二度殺された。このような事件が二度と内容に極刑を望む」という遺族の主張は共感できる。

しかし、これは判例を鑑みてもかなり思い切った判決である。

1人の殺害について死刑はないという判例の集積があり、それに基づいて裁判官は判決を下す。

判例の集積に基づいて判断を判事がすることは、法的安定性を支える上で重要なことであり、これが裁判員の主観で左右されてしまっては法的安定性は維持できないのではないか。

判例の変更は最高裁判所の職責であり、思い切った判決を出して頂きたいものである。

しかし、蓄積された判例の変更は容易ではなく、立法の役目である。

立法により、例えば幼児の強姦致死については、刑量を上げるであるとか出来るはずである。

それを行わずに、裁判官だけでは世論とかけ離れた判決が出されるから、裁判員制度というのは稚拙な発想だと思う。

このような理由で、私は裁判員制度は反対であるが、それに加えて企業に負担を強いるということが納得いかない。

刑事裁判の方法が大幅に変わるのであるから、実際に裁判員に選任された場合の本人、家庭、職場に与える影響を徹底的に議論をしなければならなかった。

尽くされた議論が無く、裁判員制度が導入され、基幹社員が裁判員として拘束されてしまっては、企業運営に重大な影響を及ぼす。

育児休暇、介護休暇、看護休暇・・・。

高齢化、少子化の中で企業として次世代育成の為に取り組まなければならない問題もある。

しかし、裁判員制度というのは、判決に主観が入り我が国の刑事裁判としては誤った制度であると考えている。

それ故に、裁判員休暇の創設等は非常に困る。

裁判員制度が、我が国に馴染まずに廃止される日を一日も早くるように望んでます。

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