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2008年1月29日 (火)

代替案の提示無き議論は議論ではない

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今日の産経新聞の見出し。

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「パニック回避」とある。

朝日新聞も「混乱を避けたいという意図は分からないでないにせよ」という表現を使っていいる。

ということは、法案が成立しない場合には「パニック」なり「混乱」が生じることは既に予測出来ているのである。

では選択肢としては、混乱を回避するのか、受け入れるのかの選択である。

朝日新聞の社説では「議論を通じて法案の修正を探り、よりよい結論に導く。国民の生活に直結するものであれば、なおさらその努力と工夫が欠かせない。」とあった。

これは福田総理のスタンスである。

民主党のスタンスではない。

朝日新聞の社説では自民党の態度に対して上記の記事を書いていたが、25円を下げるというキャンペーンをしているのは民主党であり法案を国会における議論により修正を探ろうという姿勢が見えない。

その結果として、与党はつなぎ法案を提出せざるを得なくなるのである。

むしろ批判は民主党に対してされるべきである。

政局の為のパフォーマンスである。

ガソリンが25円下がったときの財源はどうするのか。

地方自治体の財源はどこから捻出するのか。

この対案の提出がなくただの反対である。

これなら誰でも出来る。

地方議会もこれだけの財源がどうなるか分からない状態では、平成20年度予算は組めない。

即ち、地方議会における予算案の成立は4月以降にずれ込むわけであり、それにより我々の生活に大きな影響を与えることとなる。

地方議会のことを全く考えていパフォーマンスである。

政治に責任を持つ、国民の生活に責任をもつということは反対するだけでは責任を持てない。

対案を出してこそ議論が出来、法案の修正を探れる。

対案を出すタイミングも、与党案の議論を尽くし、会期末に出すのでは対案として体を出さない。

今出さなければ意味がない。

議論というのは、相手が自らの主張を明確にして代替案の提示があって初めて成立する。

代替案の提示無き議論は、議論ではない。

景気の減速感が強まる中で、25円だけの国会で良いのか。

そして無責任にもつなぎ法案を関知していないと平然と言う福田総理のトップとして良識の無さ。

組織のトップとしては余りに無責任すぎる。

組織のトップとして、国民にその必要性を話さなければ総理の座にいる意味がない。

そして組織の人間もついてこない。

政治の強いリーダーシップが期待されるこの時期に「25円の攻防」。

小泉改革の反動の結果であろうが、小泉改革が正しかった証でもある。

まったくの茶番である。

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