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2009年6月15日 (月)

田母神前航空幕僚長の話を聞いて

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今日は、朝7時より萩生田光一ルネッサンス21モーニングセミナーでした。

場所は京王プラザホテル八王子。

朝食を食べてからの打合せ。

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こういう朝食を食べると、1日が優雅に過ごせます。

その後講演で、講師は田母神俊雄前航空幕僚長。

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面白い話でした。

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田母神氏が言いたいことは、「日本人として当たり前のことを言えるようにしよう」という事なのかと思います。

まず防衛費の話。

他国では、防衛費を決める際に周辺国の情勢を考えて決める。

中国は20年連続防衛費が2桁の伸びであり、国家財政が極めて厳しい韓国でも10年連続で防衛費がのびている。

しかし日本は他の公共事業と同じように予算の決定がなされており問題である。

国民の生命と財産を守るためには何が必要かという視点ではない。

予算を抑制するとは、毎年何かをやめなければならないということだ。

航空自衛隊でも13飛行集団から12へ削減され、飛行集団の航空数も減っている。

例えば、地対空ミサイルを配備する計画がある。

日本のマスコミは、その予算があればこれだけ福祉が充実できますという。

数字はそうであるが、国民の生命と財産を守る地対空ミサイルと福祉を比較するべきものなのか。

そもそも目的が違い、どちらも大切な政策である。

この点は非常におかしいと思う。

次に自衛隊法の話。

国際法は条約と慣習からなり、これはやってはならないというネガティブリストである。

しかし日本はこれをやっていいよという法律である。

例えば大使館警備を自衛隊が行なおうとすると、自衛隊法の目的に大使館警備がないから出来ない。

自衛隊法の改正をしなければならないという。

しかし大使館警備を自衛隊が行なうことは国際法上認められているのに何も出来ない。

これは日本の「事なかれ主義」と「精神的な占領、軍隊無き占領」が未だ続いているからだと。

事なかれ主義とは何か。

国や国民がどうなろうと今の自分の立場が大事であるという考え方。

靖国神社や教科書検定における近隣国への配慮条項は、最初から内政干渉と主張すれば、何ら問題とされることがなかった。

主張しないから外交カードとして使われている。

中国や韓国を刺激しないことが目的であり、日本の国益を考えていない。

堂々と内政干渉であると主張すれば、そのうち外交カードとして利用できなくなるので、誰も文句を言わなくなる。

堂々と主張出来なのは、それを政局にしようという政治家や官僚がいるからだと。

政局にしたくないから、行政府の長は堂々と主張できないのだとのことでした。

北朝鮮の核実験への非難決議でも自民党全員と民主党の半分は賛成だが、民主党のもう半分は「北朝鮮にも事情がある」という。

一体どこの国の政治家なのか。

北朝鮮の事情を理解し、行動する政治家は問題ではなく、日本は正しい国であるという主張をする政治家は排除される。

これは言論弾圧の何者でもない。

おかしな事である。

この理由として、「精神的な占領、軍隊無き占領」が未だ続いているからだということでした。

白人国家は300年前から有色人種国家を植民地にして、その国民を奴隷同然に使ってきた。

日本はどうか。

韓国併合は対等合併である。

その理由は朝鮮半島出身者でB級戦犯で処刑された帝国陸軍中将もいる。

同じ国民として扱っている。

朝鮮王朝もつぶそうという意図はなく、日本に来た皇太子は、昭和天皇の后候補に挙がった女性と結婚している。

天皇家に次いで当時の政府は、予算をつけ保護している。

また帝国大学も、大阪や名古屋につくる前に朝鮮のソウルに京城帝国大学、台湾に台北帝国大学をつくった。

現地の子供の教育水準を上げるためである。

その他、橋やダム、道路といった施設をつくり、内地の国民一人あたりの予算より、外地にかける予算の方が多かったときもあるとのこと。

こんな事をやった国は、世界中で日本だけであり誇るべき事である。

この様に考えると、日本が如何に残虐な行為を戦前に行なったのか、暗黒の時代だったのかという主張はおかしい。

この発想の根拠はGHQが行なった徹底的な検閲と焚書である。

焚書とは歴史の抹殺である。

戦前の書物には、白人国家が如何に残虐な行為を行なってきたか、日本が朝鮮半島や台湾で何を行なったかが詳細に記載されていた。

これを燃やしてしまったのである。

日本が朝鮮半島や台湾で残虐な行為を行なっていたら焚書をする必要があったのか。

焚書をするにはGHQに都合の悪い記載があったことの証拠ではないのかと思う。

都合の悪いこととは、GHQにとって都合のわるいことであり、日本が朝鮮半島や台湾で行なった功績である。

「日本は戦前に良いこともした」という歴史的資料を焚書により抹殺したのである。

次に徹底した検閲である。

これは「アメリカの悪口を言っていないか」「日本は正しいことをしたという記述はないか」という視点で行なわれた。

いわゆる東京裁判の記録さえ都合の悪い記録は削除されている。

例えば、アメリカ軍大佐の弁護人は「我々は広島、長崎に原爆を投下したパイロットの名前を知っている。その時の参謀総長の名前を知っている。その時の国家元首の名前を知っている。では、そのもの達が原爆を投下したら多くの民間人が死ぬことを予期していなかったのであろうか。何故日本人だけ裁かれるのか。」という主張をした。

しかし、この記録は裁判長の権限で和訳にされず、記録にも残していない。

GHQの都合の良いように全て行なわれていた。

公職追放も検閲と同基準で行なわれ20万5000人が対象となった。これに関わったGHQに人間は共産主義的傾向があり、その人員補充の際に、左翼的思想の人間が非常に多かった。

特に東大や京大といった教育機関の総長にはその傾向が見られた。

この様な占領軍無き後も、我々日本人にはGHQに洗脳されたままになっているのである。

「日本が正しいと思ってはいけない」という思想である。

戦前の日本は道徳心が強く、イギリスの外務大臣は物質文明は西洋から東洋に流れるが、精神文明は東洋から西洋に流れるといい、日本の教育勅語をイギリスで実行すべく勉強を行なった。

その後、イギリスだけではなく、そのほかの国でも教育勅語は訳され、今でも道徳教育の使われている。

教育勅語は、明治維新後鹿鳴館をはじめとする西洋文化が正しいという風潮に危機感を感じてつくられたものだ。

今の日本にも当てはまるのではないか。

だから教育勅語を復活させろというと、いまだGHQの洗脳に染まっている日本ではNOといわれるが、アメリカの道徳教育の教科書を和訳して使えといえば抵抗感は少ないだろう。

内容は教育勅語そのものだから問題はないとのことでした。

中国大陸への進出も侵略ではなく、義和団事件による治安回復を清国政府が行なわれずに、また北京に外交官をおいていた各国も距離的観点や他国と交戦中の国もあり、日本政府に軍隊の派遣を求めてきた。

そして、日本は治安回復と軍隊の駐留を開始したが、この軍隊の駐留の性質は、今の日米安保条約に基づく米軍の駐留と同じである。

廬溝橋事件でも日本政府は戦闘の回避を模索し、停戦交渉を行なっていたが、200名以上の日本人の民間人が国民党政府により惨殺され、それでもなお停戦交渉を行なっていたが、中国に毛沢東率いる共産党政権をつくりたいロシアの意図により国民党軍が煽られた結果、収拾がつかなくなったのだとのこと。

これは侵略といえるのであろうか。

北京議定書により治安維持の任にあった日本軍が、中国の内戦に巻き込まれたとも解釈できる。

この様に真実とは何かの議論が出来ないほど、事なかれ主義であり、占領軍無き占領支配が続いている。

南京大虐殺や慰安婦は無いと主張するには議員生命を賭けなければならない。

しかし、無かったとされる資料は多数存在するのである。

これは国家を駄目にすることである。

日本は良いことをしたと発言した閣僚や官僚は、事なかれ主義に基づきクビを切られる。

これは言論弾圧である。

戦争は簡単には起きない。

しかし、戦争を絶対にしないと宣言している国は、外交交渉が出来ない。

北朝鮮になめられるわけである。

外国の大使に、なぜ日本は北朝鮮に対して不甲斐ないのだといわれる。

やってますよというだけの6カ国協議では意味がない。

例えば、1年以内に拉致問題が解決しなければ北朝鮮に自衛隊を派遣すると宣言したら、拉致問題は進展するだろう。

外国では「ふざけるな。これ以上怒らせると殴るぞ」と外交交渉する。

日本では「ふざけるな。これ以上怒らせると、徹底的に話し合うぞ」と外交交渉する。

だれがこんな外交交渉する国と対等に話し合うのか。

日米安保も自動参戦ではない。

アメリカ大統領がイエスといわなければ軍隊は動かない。

そして2ヶ月経てば議会に報告をしなければならない。

アメリカの良いなりにならざるを得ない、巧妙な占領政策が未だ機能しているのである。

日本がどうしたいのか、正々堂々と正論を主張すべきである。

マスコミも然りである。

新聞をトイレットペーパーと洗剤の量で決めてはいけないとのこと。

(場内は爆笑でした。)

政治家は少なくとも明確な国家観や国家像を持っていなければならない。

という講演の内容でした。

以上が講演内容をまとめたものです。

田母神氏の講演ですから、迫力がありました。

また、登壇するときの国旗への一礼が「自衛官」と思わされました。

国を愛さない人間に国を守れない。

国を守るという意識が社会の秩序を保つという意識を生み、それが道徳心となる。

私はこの様に考えます。

国家観のしっかり持っていない政党には国家の運営を任せることは出来ないと思いました。

参加者は、朝からいい話を聞いたという感想でした。

お国のために1日頑張ろう。

こういう思いで働けば日本はもっと道徳的な国になると思います。

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