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2011年1月28日 (金)

歴史から学ぶ八王子市商業の特徴から未来を考える

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昨日は八王子商工会議所中央南地区の研修会。

テーマは「歴史から学ぶ八王子市商業の特徴から未来を考える」と題し、相原悦夫さんがお話くださいました。

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相原さんは、八王子の曳山祭という本を書かれた方で、山車の研究かでもあります。

現在の八王子は慶長年間に、横山宿、八日市宿、八幡宿の3宿が甲州街道に出来たが、甲州街道の整備と発展により元禄年間には15宿となった。

八王子宿を参勤交代で通る藩は、高遠藩、高島藩、松代藩の3藩で本陣、脇本陣も置かれ賑わった。

問屋場という運送業の拠点も置かれ、甲州街道では甲府に継ぐ2番目の宿場町となった。

八王子は、この甲州街道の宿場町としての機能とともに発展してきた。

人、物という物流の中継点としての都市の機能が、横山町から追分けまでの2kmの間で、線として発展してきた。

明治維新になっても、その機能は維持され発展した。

明治22年に甲武鉄道が開通し、八王子駅が出来ると、八王子の都市の機能は甲州街道を中心とした線から、甲州街道と八王子駅を含めた面として発展した。

この後も、面として発展してきた八王子であるが、モータリゼーションの台頭により大きく変わってくる。

今まで物流の中継点であった甲州街道の機能は、モータリゼーションにより「通過点」となってしまった。

昭和30年代中葉から40年代にかけて、地元のデパート2件、伊勢丹、大丸、西武といったデパートが出来たが、15年程度で撤退してしまった。

昭和50年代になり、駅ビルが完成し、そごうが出来てからは、駅を中心とした駅勢圏が台頭し、甲州街道を中心とした路線勢圏が衰えてきた。

そして、高速道路という大動脈が出来た結果、甲州街道からJR中央線に街道の機能は移り、都市は駅を中心とした勢圏が中心になった。

現在の中央線は、

新宿ー立川間で複々線化もされ、青梅線が中央線に取り込まれ、立川から先の日野、豊田、八王子は支線化されている。

京王線に於いても京王八王子までの路線は支線化されている。

八王子は交通アクセスに於いて他の都市に遅れてしまっている。

八王子の今後については、上野原、大月、相模原という地域との関係を視野につくっていくべきだとの事でした。

非常に面白かったです。

講演を聞いて思ったのは、都市の機能の変化に対応していなかったが為に、今の八王子の衰退がある問うこと。

甲州街道という路線勢圏から八王子駅という駅勢圏への軸の変化に対応できていなかったからであるということ。

東京方面からの電車が減っている以上、山梨や相模原といった地域の核となるべく、施策を打ち出していくことが、大事であるという点に於いては共感できました。

実際にJR八王子駅南口のビックカメラは山梨方面からのお客さんが多いという。

シネコンの計画についても、山梨方面からの集客に期待して考えてみるべきかと思いました。

街道の機能という点については、高速道路も同様の機能をしています。

中央道や圏央道の流通拠点とした街づくりも理にかなっていると思いますし、横田が軍民共用化された際の拠点についても同様です。

甲州街道の機能が、現在どこに移ったのか。

この事を考えていくことが、八王子の発展を考える際には重要であると思いました。

私もじっくりと考えてみたいと思います。

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